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茶色い目 [見る]

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自閉症で茶色い目の子供の記述は見たことが無い。
ただ、診断済みの子供が集まる会で、やはり茶色い目の女の子を見たことがある。



私の妻は茶色い目を持つ。これは光彩がいつも小さいので、目が茶色との印象が強いのだ。



光彩が小さいだけでは無い。
こどもが身近な実験とするのが、光彩の開閉。暗い所へ行くと光彩が開くし、光をあてると縮まる。
最も身近で誰もが体験できる実験だ。
その中で、片目を手で覆うという実験がある。


人間が目を開いた状態で、片目だけ手で覆うと、反射神経でもう一つの目の光彩も開くという実験。
これも、どんなこどもでも1度はやってみたことがあるだろう。




ところが、妻は両目を開けたまま、片目を覆ってもさほど光彩が開かない。
ほとんどと言っていいくらい変化が起きないのだ。

専門医の判断が必要なのだが、目の身体障害に含まれるのだろうか。
それとも、視神経の反射の問題か。それとも脳内の反射能力の障害なのか。

何れにしても、誰もが反応する光彩の変化が、妻には殆ど起きない。




私たち夫婦は自閉症として同じカテゴリーに居ながら、その状態の表出の仕方は両極端にある。
だからこそ、毎日が発見で面白いのだが、その自閉症の両極端の表出は、同一人物上では存在しない。



つまり、黒い目の特徴を持つ私が、時として茶色い目の特徴を持つことはあり得ない。
黒い目であれば一生黒い目の自閉症であり、茶色い目の自閉症の妻は一生茶色い目のままだ。



以前、同じ室内で目玉をふたりで見比べた事があるが、その時の差をザックリ数値化してみる。



私の一番大きなひとみの直径4ミリぐらい。
妻の一番小さなひとみの直径1ミリぐらい。

同じ室内で大きくなったり小さくなったりの最大値の差。



もし、これが本当に数値化出来たなら、光彩の面積は半径の二乗に比例するから、
妻は私の1/16の情報量、両目で1/256の情報量しか取り込めない事になる。



そうなると、頷けることがある。
妻は、全く人の顔を覚えることが出来ないのだ。
だから、それ以外にバッグの色や髪の毛の長さも憶えそれらを手掛かりに顔を思い出すが、
ずっと相づちをうち、話が終わっても「あの人誰だっけ」と言う事がある。



一方黒い目の私は、嫌になる程顔を覚えてしまって、全く無関係の滅多に行かないスーパーの
パートのおばさんの顔まで覚えてしまう。




「自閉症児は視覚優先。だからこうすれば良いのです」
と、療育関係者はドコかの論文や書籍の聞きかじりで、勝手な方式を作り出すが、
その自閉症児自体、これほど違うことを、関係者の誰が知っているだろう。

あなたの子供を預けるのは、本当に信頼の出来る場所ですか?



自殺未遂に追い込まれた自閉症のこどもが現実に居るのです。忘れないで下さい。
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勇気ある発言 2009年5月のメールより [はじめに(重要必ず読んでね)]

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私のブログは何度も表示停止措置を受け多くの情報、記事が消えてしまいました。
そんな中昔のデータに過去のブログデータを見つけ読んだ所、
「ひょっとしてこれが消したかったのか」と思うような文章を見つけました。読んで見て下さい。



勇気ある発言     5/19/09   (5月19日2009年 2019年6月2日再録)



 山岸さんのブログが、私の周囲でも話題になっています。


 A君タイプ(注カナー型)の保護者は、ニキさんご本人が講演されていることもそうですが、
有名どころの先生方が皆さん、講演会などで、ニキさんの話を自閉症の代表者として
お話されるので、それらを根拠に「偽者だなんてありえない!」という意見が多いです。


 B君タイプ(注アスペルガー)のお子さんの保護者は、「そう?うちの子はニキさんに似てるよ。
本人も愛読してるし。」とか「他の当事者の○○さんのほうがうちの子には似ている。」
とか「前からうちの子とは違うな~って思ってたんだ。もしかしてうちの子って
アスペじゃないのかな~って悩んだくらい。」などと結構意見がバラけています。




 A君タイプのお子さんの保護者、B君タイプのお子さんの保護者、それぞれに反応は違いますね。
両者の間には「話せていいわね。」⇔「話せても大変なのよ」、
「福祉が充実していていいわね。」⇔「福祉がなくても自立できるじゃない」
などといった溝があって、
普段は別々に集まるのですが、両方に属する私は、両者の考え方の違いが興味深かったりします。



 もちろん、ニキさんが本物かどうかというのは、気にならないと言えば嘘になります。
けれども、それよりも気になるのは、周囲の彼女の持ち上げ方です。
なぜ、数多くいらっしゃる当事者の中で、
彼女だけがあれほどクローズアップされたのでしょうか?
また、あのように持ち上げられて、彼女が周囲に誘導されたり、
周囲の期待に応えるように受け答えをしたりして、本人の意図せぬところで、
違った自己理解をしてしまったということは考えられないのでしょうか。





 B君なんかはよく、相手に合わせて(あるいは誘導されて)深く考えもせずに
受け答えをしては、そのセリフのせいで墓穴を掘りますから、
同じようなことになっていたとしたら、彼女も被害者になりますね。




 彼女には防げなくても、
自らをモニターしにくい特徴を持っている可能性を知っている関係者なら、
防げたはずですから。
もしかしたら、周囲がこんなに彼女ばかりを当事者として利用しなければ、
山岸さんが彼女への疑問を抱くこともなく、
あるいは、早めに関係者が山岸さんの質問に真摯に答えていれば
(健康保険証で診察した医師なら、「僕(私)が診断しました」と宣言されればいいだけですよね)、
彼女は今、このように疑われるようなことはなかったのかもしれないと思うと、
誹謗中傷だとか告訴だとか脅かされている山岸さんにしろ、ニキさんにしろ、
いい迷惑だな~と思ったりしています。





 確か、山岸さんは横浜の有名なクリニックで診断されたとブログで読んだような気がするのですが(違っていたらすみません)、
いきなり裁判だどうだということではなく、横浜のクリニックの先生方や、
ニキさんとかかわりのある有名な先生方が本人達に代わって話し合われてはどうかと
思うのですけどね。
私は、積極的に理解と支援を啓発されている先生方が、なぜ、関係ある当事者に対して
知らんふりされているのかがわからないでいます。





 また、彼女が本物だとして、何冊も出しておられる売れに売れた本の内容が、
読者のそばにいる自閉症の人に役立ったのかどうかということも気になります。
この騒動で、ニキさんの本は、B君の診断前に購入して読んだことを思い出し、
最近、彼女の本を読み直してみたのですが、B君には、彼女についての記述は
あてはまらないことが多かったです。





 「自閉っ子、こういう風にできてます!」は、感覚に過敏や鈍感なのは、
B君も同じだけれど、エピソードは全く違っていました。
「俺ルール」は、エピソードは似てるんです。でも、その後の解説とか学習の仕方が、
B君とは違うんですよね。





 自閉症は千差万別で、個々に違うのは当たり前のことなのに、
B君から自閉症というものが見えてくるまで、ニキさんとB君の違いのようなものには、
気づけていなかったんです。不思議ですね。





 B君がアスペルガー症候群と診断される前、しゃべらないA君の障害特性が全く理解できず、
それでも「少しでも社会に適応できるように」と、なんとかスキルを身につけさせたくて、
アプローチの仕方を模索し、こちらの主観で想像するしかなかった頃、
ニキさんの本は、救世主という感じでした。
学校の先生にも見せ、皆で「なるほど、こういうメカニズムだったのか」と喜んだものでした。
当時の私は、ティーチにもはまっていて、勉強会でカードやスケジュール、
自立課題などを作成しまくっていました。
そして、周囲が驚くほどにA君は学校や家庭で適応していきました。私は有頂天でした。





 そのあとしばらくして、B君がADHDではなくアスペルガー症候群であったことが判明し、
混乱しました。
私が理解していた自閉症というものと、B君のそれは、大きく違っていたからです。
そうこうしているうちに、A君が大爆発してしまったんですよね。





 ですから、私や周囲の人間がそうだったように、保護者や教師が、
ニキさんの本やティーチ関連の本を妄信的に信じて、そばにいる当事者を無視して、
安易にあてはめることに危険を感じています。





 「ニキさんの本は、自閉症のバイブルだ。」「このティーチの本はいいよ。」
などと話題になったのは事実ですし、
「お子さんとは違うかもしれないけど」「お子さんには合わないかもしれないけど」
と警告することなく、これらの本を薦めた保護者や医療・療育・学校関係者は多かった
ですから・・・。
例え警告したとしても、保護者が社交辞令的に受け止めたり、その違いがどういうものか
わかっていなければ、警告していないと同じなんですよね。
親は必死ですから、そのような情報があれば、躊躇無くとびついてしまうんです。
また、飛びつかないことが「こどもを大切に思っていない」というプレッシャーになって、
仕方なく実践するという方もおられました。
私の場合は、乗り気になって頑張っていましたが。
当時を思い出すだけで後悔の思いがこみ上げてきます





 A君タイプの子を持つ親は、こどものことがわからないから、わからないままに、
一般的に良いとされることをしようとして、結局はこどもを追い詰めるという失敗をしがちです。
本当はわが子をよく観察して、何かしら芽生えたところを育てるときに、
支援を用意してあげればいいのですが、
実際は、観察の仕方(視点)がなかなかわからない、芽生えなんて見落としてしまう、
時間ばかりが無駄に経過しているようで焦ってしまうなどなど、簡単なことではありません。

この観察も、「うちの子はこうだ」と思う根拠が本や講演会からということが多く、
保護者はわが子を観察しているつもりでも、
実は色眼鏡を通してみているということに気づけていないことが多いです。
私もそうでした。
だから、こどもを観察するところを、本や講演などに頼り、
「自閉症だから」という色眼鏡をかけた状態から支援がスタートしてしまい、
そこから先を必死で頑張ってきました。
例えば「自閉症だから、見せたらいい」と視覚的なものを提示し、
「見せても意図がずれる」ということに気づけていませんでした。




 ちょうど、私と同じように頑張った数人の保護者は皆、後悔を口にしています。
あるお母さんなんかは、積極的に学校関係者へお話をしにいっています。
彼女のお子さんは、A君よりもお話ができて、一人で買い物に行ったり、
バスに乗れるほどのスキルを身につけました。
その様子は、無理強いしているという感じではなく、写真の手順表を用意したり、
ごほうびを用意したりして、本人も納得して取り組んでいたように見えていました。
学校でも先生に「今日も嫌がらずに頑張っていました。」と褒められていました。


ところが、中学生になって大爆発をしました。
「バスの練習したくなかった~!」「学校、嫌だった~!」と言い続けながら、家中の家具を壊し、
破壊行為が止まらなくなったそうです。
小学校時代の大人しい彼からは想像できないような変貌ぶりです。
今は、フラッシュバックするたびに大暴れして、学校にも行けていません。
「学校・・」と聞くだけで暴れるからです。
彼は今、精神科にかかっています。
「まさか、うちの子がこんな風になるなんて思わなかった。」と、後悔されています。





 そろそろ、幼児期に早期療育が流行り始めた、
A君の年代の子達を追跡調査してみてはどうかと思ったりします。
他の障害のお子さんや他の地域はよくわかりませんが、
私の住んでいる地域の自閉症の子たちは、結構2次障害がひどいような気がします。
早くから診断され、療育機関に関わっていたにもかかわらず・・。

あるお母さんは、
「私、あの当時は皆についていけなくて落ち込んだけど、今はよかったって思う。」
とおっしゃいました。耳が痛かったですね。




 なんだか、早期療育って、
いつ爆発するかわからない時限爆弾を仕込んでいるような気がします。
周囲から「これは正しい」と言われて頑張ってきたものの、
その根拠のなさに気づいた瞬間に・・・、
あるいは頑張ったけれど我慢の限界にきて、突然爆発するって感じでしょうか・・・。
周囲の無理解からくる爆発って、未診断だけでなく、
診断後の療育にもあてはまるんだな~と、改めて思います。




 だから、何かをする前に、
「はたしてこれは、本当に根拠のあるのものだろうか。」
「わが子に負担をかけないだろうか。」とじっくり考えるといいのではないかと思います。
根拠については、おそらくほとんどのことが、
説明できないことだったりするのではないかと思います。
「社会に適応できるために」なんて、ダントツ1位ではないでしょうか・・・。(^_^;)




 反面教師がここにいます。
同じような失敗をせずにすむお母さんが増えるとうれしいです。
自分では、なかなか気づけないのです。
誰かが指摘してくれても、なかなか認められないのです。とてもつらい葛藤が起こるでしょう。
そして、その葛藤から開放されて、自分の失敗に気づいた後は、
より大きな後悔と懺悔の気持ちが待っています。
時には爆発に加担した人への恨みごとも言いたくなります。



 それでも、立ち上がって生きていくしかないのです。



覚悟・・・できていますか?

(自閉症の人とそうでない人との話)より。





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自閉症を振り返る [事件]

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今は2019年、10年前つまり2009年の時点ですでに自閉症を取り巻く環境が悪かった事を示す
貴重な自閉症児の母親のメールが見つかった。





10年前早期療育の弊害に気づき注意喚起しようとした母親達が居たことに驚くが、
その声が広く伝わったかと言うと疑問だ。
伝わったと言うより、掻き消され無かった事にされている様に思える。






そこでもう一度自閉症、自閉症児について振り返る。





1968年 昭和43年 NHKで「太鼓と少年」(ドキュメンタリー番組)が放送された。
         日本で初めて「自閉症」という障害が紹介された番組だと思う。
         私が小学6年生の時だ。






1997年 平成9年 酒鬼薔薇聖斗が児童殺害事件を起こした。
         山下彩花ちゃんも犠牲になったが、これはアスペルガーの加害者と、
         深い愛情に包まれている自閉症の土師淳君が、
         この時期に友達になったと言う奇跡的組合せと、
         偶然が発生要因だと私は考えている。
         当時私は40才で酷い鬱、事件の詳細が分からない時点でも
         「あの子はオレだ」と言い切っていたし今でもそうだ。
         その通り後日アスペルガー症候群だとマスコミ発表された。
         

         話す自閉症、アスペルガー症候群に耳目が集まるきっかけになった事件。






1998年ごろから突然ニキリンコが活発に活動。
1999年      辻井正次氏書籍にてニキリンコ、村上由美(共に未診断)を
         日本を代表する自閉症当事者として紹介


1999年 平成11年 京都で児童殺害事件、犯人は「てるくはのる」と名乗ったが、
         模倣?何も共感しない。






2000年 より   NHK教育テレビで、ADHD、アスペルガー症候群、ニキリンコ、村上由美等
         創価学会系の団体グループを連続して放送。
         以来根拠に乏しい番組が大量放送この流れが現在に繋がる。

         ネット上で盛んに早期療育が宣伝され、多くの療育施設が出来る。






2000年 5月1日  愛知豊川で
          「人を殺す体験がしてみたかった」と高校生が殺人。
          後日自閉症とは関係無いとの報道があったが、
          まさしく私に繋がる自閉症のメンタリティと言って良い事件






2000年 平成12年 佐賀西鉄バスジャック事件 模倣と感じる。
2001年 4月    事件直前までお題目を唱えていたレッサーパンダ男事件
         後に「自閉症裁判」と言う書籍とテレビ放映で、あたかも自閉症の事件の様に
         印象操作された事件
2001年 6月   やはり創価学会員で伊丹市バス運転手や伊丹市小学校職員を勤めた
         宅間守が、池田小学校で殺傷事件。      自閉症とは無関係。
2004年 6月1日  佐世保小学生が小学生を殺した事件。    私と繋がるモノは全く無い。
2005年      京都宇治市 塾講師小6殺害事件 
         「犯人はアスペルガーに罹患」という弁護方針で減刑。







2005年      湯河原?の女子高生が母親を実験台にタリウムを飲ませ殺人未遂。
         この事件も非常に「共感」私との共通性を感じる事件






2009年      勇気ある母親から真摯なメールを貰う。早期療育に対する疑問提示

2009年      自閉症当事者山岸徹 自閉症の専門家名誉毀損で訴えられる

2009年      早期療育優等生、書籍にまで取り上げられたカナー君壊れる。
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2009年 山岸徹(この私Chip) スラップ訴訟で家宅捜索。名誉棄損で刑事訴追
        突然、 東京地検特捜部 課長山下真司 扱い事件となる。






2011年      辻井正次より「ニキリンコは診断を受けていない」と書面で回答得る






2014年      愛知名古屋で「人を殺してみたかった」と女子大生が女性を殺人。
         この事件も断片情報しか得ていないが、私と繋がりを感じる事件。

         事件当時女子大生は19才、早期療育運動が始まったのが5才の時。
         創価学会が作り上げた、早期療育、特別支援教育、の流れからいえば、
         その落とし子とも言える年代



その後少年の特殊事件は無くなったのか?報道管制が曳かれただけだと私は考える。






2017年 3月   福井池田中学2年生教師に自殺するまで叱責された事件。
         この事件は、自閉症スペクトル、アスペルガー症候群の私たちにとって、
         非常に身につまされる事件。

         なんとか生き残った私たち自閉症の仲間も同じような体験はしている。
         幸運にも生き残ったが、土師淳君を初め、自閉症者は事件の被害者にも
         なりやすい。

         山形で体育館で簀巻きにされた少年。栃木県警の刑事の息子に生き埋めに
         された須藤正和くん。柔道の部活中に植物人間になるまで床に打ち付けられた
         柔道少女。
         医学的な裏付けは無いが、自閉症の仲間と思われる子供たちが、
         逃げるという事を知らないばかりに、死ぬまで追いつめられる。

         私も、スラップ訴訟で社会的な死を与えられた






2019年の今    診断を受けず、母親の早期療育で自閉症が治った村上由美と村上真雄は現在も
         当事者活動を盛んに行う。
         「カナー型」の行動様式を持ちながら「翻訳家」として活動。未診断と判明しても
         診断済みと書かれているニキリンコの多くの書籍は今も売られ続けている












こうやって、直近20年間を振り返っても、何の検証も、何の反省も、何の事実も解明されていない。
自閉症児、自閉症者が置かれた環境は、何一つ変わらず、

むしろ自称発達障害が自閉症のこころや感覚を語る分、悪くなっているのだ。



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象徴的な事件 [事件]

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象徴的な事件が起きた。



川崎カリタス学園の子供達が刃物で切りつけられ犠牲者が出た。犯人は岩崎隆一(51才)。

今度は逆、外で隔絶して暮らしていた息子が家へ戻って1週間。その暴力と将来を悲観して
父親が息子を殺した。死んだのは熊沢英一郎(44才)。




特にカリタス学園の事件は無差別殺人だから、皆他人事じゃ無いと同情を誘っている。



私はこの手の事件が起きた時、被害者を同情するのも当然だが、事件を起こした当事者
そしてその当事者と密接な関係にあった家族の立場、状況を考えると、その家族にも
非常に同情してしまう。




岩崎にしても熊沢の父にしても、人を殺すまで追い詰められた。その前に何か出来なかったのか。




特に熊沢英一郎(44才)は年齢にしても発言にしても非常に日本の現在を象徴している。
つまり、こうである。



「肉体は健康だが脳は生まれつきアスペルガー症候群だし、
 18歳で統合失調症という呪われた身体」





この考え方は、創価学会のグループが続けてきている宣伝活動が見事に実を結んだ考え方。

「私は発達障害で感覚過敏で生きづらく、幻聴もありますがアスペです」
「自閉症にはこう見えています。」








自閉症、自閉症スペクトル、アスペルガー症候群と統合失調症の違いが医学的に明らかに
なったのにも関わらず、
病識の乏しい統合失調症の患者「発達障害」思い込む様な
大量のマスコミ情報とネット情報。
統合失調症との意図的な混濁。






熊沢英一郎(44才)はその情報操作の犠牲者であり、その父は被害者なのだ。




どちらも本当に痛ましい事件だ。忘れてはいけない。






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引きこもりの事件 [事件]

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「引きこもりに偏見を持たないで」
事件の後誰かがすぐに声明を出したが、いくら言っても引きこもりの事件には変わりない。




引きこもりと言っても、私だって老齢の引きこもりだ。
対外的な接触は殆ど無い。宅配便の応対だけだ。
後は病院と、時々のホームセンターに出かけるだけ。
何が違うかというと、なんとか年金が出る年齢になって、取り敢えず生計の目処が立つだけだ。





引きこもりの事件と言えば、2000年にあったルーシーブラックマンさんの事件。
これだって、お金持ちの引きこもりの事件だ。




考えて見れば、引きこもりも早期療育の問題と同じで、
誰かが根拠のある対処法を見つけている訳じゃ無い。




昔のアドバイスを思い出しても、「今はそっとしておきましょう」とか
「しばらく様子をみましょう」なーんて話ばかりだった。
暴力的に部屋から引っ張り出すと言うのも一時流行った。





本当は、そのアドバイスを求められた「教育関係者」が、当時からキッパリと
「引きこもりにどう対処して良いのか、私も分かりません」と言い切ってくれれば、
他の研究者か誰かが、現実に対処した経験を引き出す機運が出たかもしれない。




しかし、世の中知ったかぶりの方が珍重される。







私が知る引きこもりの実例を書こう。




彼は現在53才。
高校1年の頃から様子が変わり、高校は中退したのか卒業したのかは知らない。





父親がデザイン業を個人で営んでいたので、父親の手伝いという名目でそのまま家に。
原稿を届ける手伝いをしているとかいないとか。
父親の仕事も減り廃業。それに伴いそのまま引きこもり。





両親が亡くなり弟が残された姉は困った。家は残っているが生計はどうする





姉が我が家に相談に来た。
「そう言えば、オバサン(彼の母親)は対人自閉症だとか言ってたよ。そんな病気無いけど」
「そう言えばあの子(彼)むかし病院に行ったことがある、どっか遠くの病院へも行ってた」





記憶を辿った所、初診を受けた病院を見つけ、証明も取れた。
彼は高校生の頃から「統合失調症」を疑われていたのだ。





結局どうなったかと言うと、カウンセラーのアドバイスも受けながら、
病院へ通院する事を承諾し、現在は投薬を続けている。
並行して障害者年金が貰える事となり、なんとか生計を立てられる様になった。





母親が家族にも親族にも隠してきた引きこもり。図らずも母親の死が、彼の病気を明らかにし、
逆に、医師によるキチンとした定期観察と投薬、そして生計が保証される事になった。
引きこもりだった彼は今でも引きこもりだが、生計は維持して自立した生活をしている。
それもこれも、母親がキチンと精神科を受診させ、
医師の判断を仰いでいた結果が残っていたからだ。






日本の教育現場で、どれ程の教師が精神科医への相談を提言するだろう。
暴力事件が起きても警察に届けない彼ら。
精神科の先生に相談してみては?なんて言うのは、タブーどころか、神への反逆、
人間としてあるまじき行為だと考えているのでは無いだろうか。





しかし、私の知る彼は、早い時期の診察が彼を救う事になった。




今、日本中の引きこもりの彼らは、どれ程医学的配慮を受けているだろう。
彼らの親族は、どれ程彼の母親の様な勇気を持っているだろうか。




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別の決着 [研究素材(未分類)]

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西日本新聞はまるで創価学会の申し子の様に、徹底的に「発達障害」と表現する。
そこにまた象徴的な記事が出た。




内容の詳細は記事を読んで貰いたい。

報道機関の記者と言うのは、取材者の話す中から事実を抽出する仕事だと思うが、
現実にはそう言う記者は非常に少なく、殆どは誰かの話をただそのまま書くだけだ。







この記事の内容は、二十歳の女の子が自殺してしまった話だが、その母親の話には矛盾がある。





理由は分からないが、母親はどうしてもこの女の子が「発達障害」であって欲しいらしい。
その理由は

1「給食の味が濃い」耳栓をして登校、これは感覚過敏のせいだ。
2何度も教育機関に働きかけるが、全く対応してくれない。
3診断を求めてたが思春期は難しいからと断られた。

結果娘は自殺してしまった。






結論から言うと、「発達障害」をあまりに心配する母親に子供が合わせてその症状を示し
その環境の中で、最終的には「鬱病」で自殺した。
と考えるのが自然ではないだろうか。



その理由は、
1.感覚過敏と言っている症例は、あのニセ自閉症ニキリンコが作り出した症状と同じ。
  自閉症の子供が示すエピソードとはかけ離れている。
2.母親がおかしいと感じている事に対し、現場の教師はおかしいと感じていない。
  だから対応しようが無い。
3.小学生の時点で差し迫った事例があったなら、その時点で先ず精神科を受診するべき。
  精神障害を疑いながら、精神科を受診はしたくない。
4.思春期になり、さらに問題が出たら、尚更精神科の受診が必要。
  通常精神科で受診後専門医を薦められるが、それも無く専門医だけに執着。
5.なんらかの精神病が原因としても自殺を実行する時は完全に鬱状態。
  なぜそこまで鬱状態が酷いのに精神科への受診を拒んだのか。






私がこの記事を読むと、矛盾だらけでとても母親が正気とは思えない。そして娘は自殺した





もう一つ。身近に実例がある。

我が家は野中の一軒家。
不便な所なのに借家があり、そこへ子供が5人居る家族が引っ越してきた。




毎日熱心にお題目を唱えている。
それも、家族数人が揃って唱えている。



半年程して中2の次女が自殺してしまった。
学校に通う様子も無かったから、彼女の事を悩んで引っ越してきたのだろうか。



最近はお題目を唱える声が聞こえなくなった。






彼女は医療機関に掛かっていたのだろうか。
今は抗うつ剤も本当に進化して良くなった
もし彼女が抗うつ剤を飲んでいたら死ぬことは無かったと私は考えている。






お題目を唱え頼るのも良いが、それと同時に精神科を頼る勇気があったなら。
精神科を頼るようにアドバイスする人が居たなら。
精神科を利用する知識を教えてくれる人が居たなら、彼女を救えたのではないか。





もう一つの決着を付ける前に、どんな手段を使っても精神科を受診させて貰いたい。




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ひきこもり の概念 [研究素材(未分類)]

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ネットニュースに引きこもり当事者の意見、とあったので少し読んで見たら、
ひきこもりでも何でも無く、ひきこもりの時期があって、現在は派遣で暮らす人の話。




見出しだけは凄いが、中身は何の収穫も無かった。
ただ、ひきこもり時代があった人だから、そこから脱する過程が詳細に書いてあれば
凄い読み物になったのに、肝心な所は一切触れられていない。

取材していて疑問に思わないのかな。





前の記事でも書いたが、対外的な接触が少ない人は沢山いると思う。
それを尤もらしく羅列して定義しても意味が無い




ひきこもりの当事者、家族共に最も恐れているのは、
精神的に健康か否か。
家族とわだかまり無く生活しているか。
と言う事では無いだろうか。





例えば、余所の人間と上手くコミュニケーションが取れなくても、
家へ帰り家族とは仲良く暮らしているなら、
他の家族が外で仕事をしている間、家の仕事をして貰ったりすれば、
それで、家族は成立するし、何の問題も無いだろう。





それから想像すれば簡単に分かるが、現実
家族とすらコミュニケーションが取れない
家族とコミュニケーションが取れない人間がどうやって、赤の他人とコミュニケーションが取れるんだ?




さらに、ひきこもるのには訳がある。
何かひきこもりたい、2,3日ひきこもる事は誰でもあるだろう。
1週間?1ヶ月かもしれない。
しかし、「心が健康」であれば、やがてまた日常の生活に戻る。

その日常の生活に戻る事が出来ずひきこもりが日常になっているなら
「心が健康」である訳が無い




身体が不健康な時、チョットした風邪で熱が出たって病院へ行くのに
心が不健康になった時に、なぜ病院へ行かない。





例えば外科手術を受けた人が、気分が落ち込む時がある。
そんな時は、外科病棟でも抗うつ剤が処方されて元気を出して貰うんだ。




だから、精神科と言う呼び名が怖いんだったら、心療内科へ行けばイイ
心療内科でも恥ずかしいと思うなら、普通に内科へ行って相談すれば良いんだ。




病院によっては、内科でも抗うつ剤を処方してくれるかもしれないし、
受診科を配慮して何か別室でカウンセリングしてくれるかも知れない。




自閉症、自閉症スペクトル、アスペルガー症候群は生まれつきの脳の障害だから、
そのままでも良くも悪くもならないが、
統合失調症や他の精神病の場合、痴呆症と同じで放置しておくとどんどん脳細胞が壊れ
薬の効果も出にくくなる

逆に言えば、早く手当てすればする程、心の健康を取り戻す事が出来ると言う事。




だから「発達障害で生きづらく、感覚過敏で幻聴があります」と言う人達に対して、
投薬の継続、きちんとした医師による診断を呼びかけているんだ。




投薬を受け、障害者年金の受給が可能になれば、それこそ嫌な家族ともオサラバして、
1人でだって生活出来る。まさしく自立への道なんだ。




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