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ナチュラルな親 [研究素材(未分類)]

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ニキリンコテレビに登場した時、絶賛の嵐の中、
本物の自閉症の子供を持ち、ホンモノを実際に見て、ホンモノと暮らしている親の中には、
マスコミの過大な修飾語に惑わされず、何か釈然としない感覚を持った、
ナチュラルな親も少数ながら居た。






しかし、彼らの声はその後無視された。






辻井正次氏がJDDネットの代表だった頃、東京都が自閉症の理解の為のシンポジウムに、
JDDネットに所属していると言う事で、パネリストとして自称自閉症の村上由美が招かれた。

同時に、保護者代表として尾崎ミオも招かれていた。






その場で、村上由美の診断状況を尋ねたら、「由美は診断も診察も受けていません!」と
夫の村上真雄が衆人環視の元表明してくれた。

尾崎ミオはその一部始終を見て知っている






そして、今尾崎ミオは日本自閉症協会の理事元?だ。






似たような人に、神戸金史と言う人が居る。
RKB毎日放送の報道局副部長と言う要職にあるようだが、息子がカナー型の自閉症。
何度かその育児の様子はテレビで放映された。






共に、自閉症にとって重要なポストに就いている人で、最近、改めて
「自称自閉症の村上由美、自称自閉症のニキリンコ」の当事者活動について感想を求めたが、
何の感想も得られない





共に村上由美と同席して、自閉症に関する活動に参加したにも関わらずだ。





私はアスペルガー症候群の当事者だから、
私の常識は社会の常識では無いと十二分に思い知らされている。





それでも、医療関係者や教育関係者にニキリンコや村上由美の事を教えると、
驚きをもって返事をくれる。





ところが、自閉症、特に創価学会の息が掛かった組織と懇意の人達は
全員、見事に答えない。無視するばかりだ。




ネット上やマスコミ上では、早期療育やニキリンコが絶賛されているんだから
なんらかの感想があっても、村上由美を絶賛してもイイと思うんだけど、
みんな口をつぐむんだ。





私のスタンスとしては、早期療育がそんなに効果があるなら、現世利益で
創価学会の自閉症の子供は全員療育を施し、効果を上げればイイ





ところが、どうも村上由美と仲良かったり、その情報源に近い人は、
現世利益で早期療育にはあまり近づかず、しかし無関係な自閉症児やその親には
早期療育を薦め、療育施設が儲かるように口コミを流しているように、
ひねくれた私は穿った見方をしてしまう。





実際、日本自閉症協会も「ニキリンコ」が診断を受けていない事が明確になった今でも、
その事の影響や、書籍に対する扱い方など一切声明を出さず、それどころか、
世界自閉症デーが発達障害週間になる事に熱心な事を見ても、





「自閉症のこどもを持つ親の事や、自閉症のこどもの事や、
自閉症者を訴える自閉症専門家の事なんかなーんにも考えていないんだなー。

他人のこどもの事なんかどうでもイイ人達なんだなー





と私はいつも思うのだ。






自閉症のこどもを持つ医師の会と言うのは消えてしまった。
なんかまともな自閉症の会は出来ないのかなー。

(2019年9月1日確認 自閉症協会が組織改編したそうな。 本質は?)

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親子の相性 [研究素材(未分類)]

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私は、毎日母親との軋轢で相当非道く壊れた。
高校時代、2年間下宿して接触がほとんど無かったのに、非道く壊れた。
アスペルガー症候群である事も関係するかもしれないが、本当に非道く壊れた。






妻は、父親との軋轢があって壊れた。
母親が私たちよりもより自閉症の特徴が色濃いアスペルガーだった事が救いだったのか、
私ほど非道くは無いが、やはり壊れた。








私が酒鬼薔薇聖斗の事件を耳にした時、「この子はオレだ」と言ったのは、
私が壊れる過程を考えていたからだ。







私も小学4年の時、よく飼っていた犬を虐めた。
犬のこめかみをわしずかみにし、「アイアンクローだ」と言って力一杯絞める。
犬が「キャン」と言うまで絞め続ける。

こういう虐めを何度も何度も、毎日の様にしていた。






アスペルガー症候群の特徴はその先にある。
つまり、マインドブラインドネスと言う、常人では理解出来ない欠陥を持っているから
自分たちに、壊れる程の軋轢をもたらしているモノ。

毎日の、嫌な感情を与えるモノを自覚出来ていないと言う事。






つまり、私で言えば母親。妻で言えば父親だ。
逃げ出す相手が分からないから、逃げ出す手段すら考えない。
だから、それを解消する相手がてんで見当違いである事が特徴的だ。






近所のこどもを殺して、怒りを解消した酒鬼薔薇聖斗
面会で母親に怒りを露わにしたが、その時はもう遅い。





湯河原の女子高生もそうだ。
母親にタリウムを飲ませたが、本当の相手は母親じゃ無い。






豊川で高校生が「老人はいつ死んでもいい存在」と言ったが、
本当はそんな近所のおばさんが本当の相手じゃ無い。





名古屋で女子大生が「人を殺してみたかった」と言っても
本当に殺したいのは、見ず知らずのおばさんじゃ無い。






一方、「アスペルガー障害に罹患した」として減刑された
宇治市の塾講師は、軋轢の相手である小学生を目的通り殺した。
こうやって見ると明らかなのに、アスペルガーに罹患したと診断を下す医者もいる。







親との相性で、事件を起こすアスペルガー症候群が居る。

一方、もともと相性がいい親子だったのに、
「療育」と言う強い働きかけで、
わざわざ相性の悪い親になり、その結果自閉症の子供を壊す親も居る。




壊れたカナー型のこどもは、壊れてやっとその原因を教えてくれる。
「バスの練習したくなかった~!」
「学校、嫌だった~!」








覚悟・・・できていますか?

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象徴的な事件 [事件]

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象徴的な事件が起きた。



川崎カリタス学園の子供達が刃物で切りつけられ犠牲者が出た。犯人は岩崎隆一(51才)。

今度は逆、外で隔絶して暮らしていた息子が家へ戻って1週間。その暴力と将来を悲観して
父親が息子を殺した。死んだのは熊沢英一郎(44才)。




特にカリタス学園の事件は無差別殺人だから、皆他人事じゃ無いと同情を誘っている。



私はこの手の事件が起きた時、被害者を同情するのも当然だが、事件を起こした当事者
そしてその当事者と密接な関係にあった家族の立場、状況を考えると、その家族にも
非常に同情してしまう。




岩崎にしても熊沢の父にしても、人を殺すまで追い詰められた。その前に何か出来なかったのか。




特に熊沢英一郎(44才)は年齢にしても発言にしても非常に日本の現在を象徴している。
つまり、こうである。



「肉体は健康だが脳は生まれつきアスペルガー症候群だし、
 18歳で統合失調症という呪われた身体」





この考え方は、創価学会のグループが続けてきている宣伝活動が見事に実を結んだ考え方。

「私は発達障害で感覚過敏で生きづらく、幻聴もありますがアスペです」
「自閉症にはこう見えています。」








自閉症、自閉症スペクトル、アスペルガー症候群と統合失調症の違いが医学的に明らかに
なったのにも関わらず、
病識の乏しい統合失調症の患者「発達障害」思い込む様な
大量のマスコミ情報とネット情報。
統合失調症との意図的な混濁。






熊沢英一郎(44才)はその情報操作の犠牲者であり、その父は被害者なのだ。




どちらも本当に痛ましい事件だ。忘れてはいけない。






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茶色い目 [見る]

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自閉症で茶色い目の子供の記述は見たことが無い。
ただ、診断済みの子供が集まる会で、やはり茶色い目の女の子を見たことがある。



私の妻は茶色い目を持つ。これは光彩がいつも小さいので、目が茶色との印象が強いのだ。



光彩が小さいだけでは無い。
こどもが身近な実験とするのが、光彩の開閉。暗い所へ行くと光彩が開くし、光をあてると縮まる。
最も身近で誰もが体験できる実験だ。
その中で、片目を手で覆うという実験がある。


人間が目を開いた状態で、片目だけ手で覆うと、反射神経でもう一つの目の光彩も開くという実験。
これも、どんなこどもでも1度はやってみたことがあるだろう。




ところが、妻は両目を開けたまま、片目を覆ってもさほど光彩が開かない。
ほとんどと言っていいくらい変化が起きないのだ。

専門医の判断が必要なのだが、目の身体障害に含まれるのだろうか。
それとも、視神経の反射の問題か。それとも脳内の反射能力の障害なのか。

何れにしても、誰もが反応する光彩の変化が、妻には殆ど起きない。




私たち夫婦は自閉症として同じカテゴリーに居ながら、その状態の表出の仕方は両極端にある。
だからこそ、毎日が発見で面白いのだが、その自閉症の両極端の表出は、同一人物上では存在しない。



つまり、黒い目の特徴を持つ私が、時として茶色い目の特徴を持つことはあり得ない。
黒い目であれば一生黒い目の自閉症であり、茶色い目の自閉症の妻は一生茶色い目のままだ。



以前、同じ室内で目玉をふたりで見比べた事があるが、その時の差をザックリ数値化してみる。



私の一番大きなひとみの直径4ミリぐらい。
妻の一番小さなひとみの直径1ミリぐらい。

同じ室内で大きくなったり小さくなったりの最大値の差。



もし、これが本当に数値化出来たなら、光彩の面積は半径の二乗に比例するから、
妻は私の1/16の情報量、両目で1/256の情報量しか取り込めない事になる。



そうなると、頷けることがある。
妻は、全く人の顔を覚えることが出来ないのだ。
だから、それ以外にバッグの色や髪の毛の長さも憶えそれらを手掛かりに顔を思い出すが、
ずっと相づちをうち、話が終わっても「あの人誰だっけ」と言う事がある。



一方黒い目の私は、嫌になる程顔を覚えてしまって、全く無関係の滅多に行かないスーパーの
パートのおばさんの顔まで覚えてしまう。




「自閉症児は視覚優先。だからこうすれば良いのです」
と、療育関係者はドコかの論文や書籍の聞きかじりで、勝手な方式を作り出すが、
その自閉症児自体、これほど違うことを、関係者の誰が知っているだろう。

あなたの子供を預けるのは、本当に信頼の出来る場所ですか?



自殺未遂に追い込まれた自閉症のこどもが現実に居るのです。忘れないで下さい。
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黒い目 茶色い目 [見る]

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むかし自閉症か否か、なんの手掛かりも理論的な裏付けが無かった頃、
「あの子は可愛いから自閉症だ」と言う様な見方を現場でしていた。



一見根拠が無いようだが、私には頷ける所がある。
それは、自閉症の子供のひとみが、真っ黒で大きく開いているのが特徴だからだ。



人が、人に対して好意、興味を抱くと瞳が開くことが知られている。
それを本能的に知る「ヒト」は、ひとみが大きい人を好ましく可愛らしく感じる。

その心理を利用するのがアイドルで、コンタクトを入れたり瞳が大きく見える様にテクニックを尽くす。



ひとみが大きく開いている自閉症。つまり黒い目を持つのは私だ。



一方、妻はひとみが極端に小さく、いつも閉じていて茶色い目を持つ自閉症だ。



共通するのは、ひとみの開き方が正常では無い事。

わたしのひとみは、普通より開きすぎていて、妻のひとみは普通より閉じすぎている。
これは、脳からの制御がうまく出来ていない証拠でもある。



茶色い目を持つ妻は、部屋の中でもまぶしいまぶしいをくり返すくせに、
カンカン照りの屋外で帽子も被らず平気で仕事を続けることが出来る。



黒い目を持つ私は、薄暗い部屋でもほとんど暗いと感じることは無いが、
外へ出ると、まぶしくってしょうが無い



これ程、両極端に居ながら、同じ自閉症。
同じ自閉症だからこそ、どちらも両極端なのか。



この事を、評論家、学者が「感覚過敏」と総称するのはあるだろう。



だからといって、「私は自閉症だから感覚過敏なのです」とは絶対ならない!



何故なら、それらは自分の事であって、あたかも他人が見たような表現はしないし、
出来ないからなのだ。

「感覚過敏」は概念であり、自閉症は概念を理解出来ない
さらに、マインドブラインドネスなんだから、あたかも外から自分を見るような表現
できないのである。



それが出来ると言う事は、自閉症、自閉症スペクトルでは無いと言う証明なのだ。



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夏の日差し [見る]

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高校2年。私はその頃九州福岡の西南学院高校へ行っていた。下宿生活だ。



下宿生活は不便な事が多く、風呂に入るのも順番待ち。下宿人は20人以上いるから、
結局1週間に1度しか風呂に入ってなかった。



その頃も忘れ物王だったし、洗濯が乾かず体操服を用意出来ない時もある。
そんな時、体育祭の全体練習があった。
制服でも良いから体操だけでも参加しろと言う呼びかけで、黒い学生服のまま参加した。




体操を始める段取りで、一部から笑い声が起きた。
1度目が引き金になって、段取りが進んだ中もう一度爆笑が起き、なかなか収まらない。



そこで、体育教師が怒り出した。「静かにしろ!笑うな!制服の上を脱げ!」
体操着の団体の中、黒い制服姿がチラホラ。気になったのだろう。




私はその日、制服の下はラガーシャツ、あか、白、青、黒、巾が5センチぐらいある太巾の
ボーダー柄のラガーシャツを着ていた。




黒い制服を脱いだら、それこそ私だけが目立って目立ってしょうが無い。
それでも始めようとしたら、まだ教師が怒っている。「笑うな!」「上半身裸になれ!」




今度は裸だ。しかし、教師の怒りはまだ収まらない。




「こらー、そこー、笑うな-」ついに怒りが頂点に達し、
体育教師が教壇を飛び降りこちらに向かってきた。
誰も笑ってないのに、皆凍り付く。




ここまで教壇から30mぐらい。ズンズン一直線でこっちへ向かって歩いてくる。
「いつまで笑ってんだ!」




この期に及んで一体ドコのドイツが笑ってるんだろう。それにしても度胸のいい奴だ。
教師はコチラを睨みながら、どんどん近づく。
誰だ、だれだ。笑ってるヤツはダレだ。




私の方をじっと睨みながら来た教師は、私の目前3mぐらいで突然顔色を変え、
余所を向いて、私の横を通り過ぎた。




私の横を2mほど通り過ぎてから「いいか。 笑うなよ」と一言言ってから
きびすを返し教壇に戻り、体操を終え、体育祭の予行演習は終わった。




「アイツ、オレがまぶしくて目をしかめてたら、笑ってるって勘違いしたんじゃ無いかな」
体操が終わり、教室へ帰るすがら同級生に話しかけたが、イエスでもノーでも無かった。




ピーカンの雲一つ無い直射日光の中でも、平気で野良仕事をする妻に比べ、
私は日差しが強い日は、まぶしくってしょうが無い。
サングラスを何本買っても、サングラスを掛けたい時に手元にあった試しが無いから、
サングラスを掛けたくても掛けられない。




だから、晴れた日はいつも目をしかめている。まぶしいからね。
私がまぶしがっている顔は、私が見ても笑っているように見える。




だって、まぶしいんだもん。  

だからって「私は感覚過敏です」とは言わないよ。当事者だから。





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