学校の怪談
その後 ミザリー
都立高校一年の春、保健室。
漢文の時間に急に気分が悪くなった。
教師に申し出ると、保健室に行くようにと、お供をひとり指名してくれた。
保健室には保健婦ともうひとり、
多分女性教師がいたが、入学したてで誰なのかわからなかった。
二つ並んだベッドにやっと滑り込むと、友人は帰って行った。
ベッドに寝ている私に、白衣の保健婦が大きな声で容赦なく調書を取る。
「で何先生の何の授業?」
私と主人は、小学校のときから授業中気分が悪くて保健室に行くたびに、
「朝ご飯食べてこなかったでしょ」と決めつけられ
「まったく近頃の子は体を鍛えないから」と保健婦に散々いじめられ、トラウマになっている。
緊張のあまり頭がフリーズし、覚えていたはずの漢文の教師の名前が、いくら考えても思い出せない。
「えーっとえーっと」と言うと、
「まああきれた。たった今受けていた授業なのに先生の名前も知らないの」と大げさに言い、
するともうひとりが「あらまあ、先生の名前も覚えてないの」と同調、
ふたりの女は「ほんと近頃の学生はねえ、先生の名前も覚えてないで授業を受けてるんだから」
とこぼし合い、笑いあった。
注記:保健婦(正式には養護教諭?)
私は横浜で三ツ沢南小学校、大阪で香里第四小学校、札幌で手稲中央小学校、手稲中学、
青森で古川中学と通ったが、気分が悪く保健室へ行くと保健室の主、保健婦だか養護教諭だかの
女は必ず
「あらーあなた朝ご飯たべて来なかったんでしょう。私たちが子供の頃は野原を駆け回り元気に
したモノだけど、今の子供たちはねぇ」
不思議な事に、日本全国どこへ行っても、一字一句違わず言われる。
日本の全国均質な教育は恐ろしいほど行き届いており、全く同じ文言を言われる。
文部省でお達しでもが出ていたのだろうか。それも一字一句違わない恐ろしさ。教育勅語か?
それともこれは、何かその教育効果を持って行われていたのだろうか。
例えば気分が悪い子供に対して、さらに気分の悪い言葉を浴びせる事で、
「ああ、こんな気分の悪い時に、なんて嫌な事を言うんだろう。僕はこれから毎日野山を走り
体を鍛え、二度と気分が悪くならない身体になろう」と考え実践する様になるのか。
大体一度として朝飯を食わなかった事なんか無いし、朝飯食ってない同級生も見た事無いし。
同じ時、東京文京区に住んでいた妻も全く同じ目にあっていて。
「その野山は一体どこへ行ったんだ。歩いて何処かへ消えたのか」と、思っていたそうな。
ところが中には学校へ行きたい。しかし教室へは行けない。そこで保健室登校をすると言う。
ここまで行くと私たちにはシュールすぎて理解の範囲を超え別の世界の話だ。
まず学校なんか行きたくない。毎日行きたくないし運動会だって遠足だって修学旅行だって
「ウキウキ」もしないし「ワクワク」もしない。
行くのは義務だ。何か知らないが行く事に決まっているから行くだけだ。
勉強は嫌いだけど学校は好き?
逆だろう。勉強が嫌いなのになんで学校へ行きたいんだ?そりゃ変だよ。
決まってるから仕方ないけど。
行きたくも無い学校へ行ってしまったら、別に教室も保健室も一緒だろう。
教室が嫌で保健室ならいいって話になるとさらにワケワカンネー。
まだ気分は悪かったが、15才の私は早々に保健室を退出した。
こんな私たちにとって、保健室通学というもの、想像すらできない。
ミザリー
【自閉症テレビ32】出来ない生徒
その後 ミザリー
都立高校一年の春、保健室。
漢文の時間に急に気分が悪くなった。
教師に申し出ると、保健室に行くようにと、お供をひとり指名してくれた。
保健室には保健婦ともうひとり、
多分女性教師がいたが、入学したてで誰なのかわからなかった。
二つ並んだベッドにやっと滑り込むと、友人は帰って行った。
ベッドに寝ている私に、白衣の保健婦が大きな声で容赦なく調書を取る。
「で何先生の何の授業?」
私と主人は、小学校のときから授業中気分が悪くて保健室に行くたびに、
「朝ご飯食べてこなかったでしょ」と決めつけられ
「まったく近頃の子は体を鍛えないから」と保健婦に散々いじめられ、トラウマになっている。
緊張のあまり頭がフリーズし、覚えていたはずの漢文の教師の名前が、いくら考えても思い出せない。
「えーっとえーっと」と言うと、
「まああきれた。たった今受けていた授業なのに先生の名前も知らないの」と大げさに言い、
するともうひとりが「あらまあ、先生の名前も覚えてないの」と同調、
ふたりの女は「ほんと近頃の学生はねえ、先生の名前も覚えてないで授業を受けてるんだから」
とこぼし合い、笑いあった。
注記:保健婦(正式には養護教諭?)
私は横浜で三ツ沢南小学校、大阪で香里第四小学校、札幌で手稲中央小学校、手稲中学、
青森で古川中学と通ったが、気分が悪く保健室へ行くと保健室の主、保健婦だか養護教諭だかの
女は必ず
「あらーあなた朝ご飯たべて来なかったんでしょう。私たちが子供の頃は野原を駆け回り元気に
したモノだけど、今の子供たちはねぇ」
不思議な事に、日本全国どこへ行っても、一字一句違わず言われる。
日本の全国均質な教育は恐ろしいほど行き届いており、全く同じ文言を言われる。
文部省でお達しでもが出ていたのだろうか。それも一字一句違わない恐ろしさ。教育勅語か?
それともこれは、何かその教育効果を持って行われていたのだろうか。
例えば気分が悪い子供に対して、さらに気分の悪い言葉を浴びせる事で、
「ああ、こんな気分の悪い時に、なんて嫌な事を言うんだろう。僕はこれから毎日野山を走り
体を鍛え、二度と気分が悪くならない身体になろう」と考え実践する様になるのか。
大体一度として朝飯を食わなかった事なんか無いし、朝飯食ってない同級生も見た事無いし。
同じ時、東京文京区に住んでいた妻も全く同じ目にあっていて。
「その野山は一体どこへ行ったんだ。歩いて何処かへ消えたのか」と、思っていたそうな。
ところが中には学校へ行きたい。しかし教室へは行けない。そこで保健室登校をすると言う。
ここまで行くと私たちにはシュールすぎて理解の範囲を超え別の世界の話だ。
まず学校なんか行きたくない。毎日行きたくないし運動会だって遠足だって修学旅行だって
「ウキウキ」もしないし「ワクワク」もしない。
行くのは義務だ。何か知らないが行く事に決まっているから行くだけだ。
勉強は嫌いだけど学校は好き?
逆だろう。勉強が嫌いなのになんで学校へ行きたいんだ?そりゃ変だよ。
決まってるから仕方ないけど。
行きたくも無い学校へ行ってしまったら、別に教室も保健室も一緒だろう。
教室が嫌で保健室ならいいって話になるとさらにワケワカンネー。
まだ気分は悪かったが、15才の私は早々に保健室を退出した。
こんな私たちにとって、保健室通学というもの、想像すらできない。
ミザリー
つづく
【自閉症テレビ32】出来ない生徒