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片岡聡さんの見ると聞くのまとめ [聞く]

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これからの記述は片岡聡さんへの批判では無い。
私が妻を観察して漸く自分の事が分かる様に、やはりホンモノの自閉症である片岡聡さんの
この一連のスライドを見て、自分自身の特性として見えて来た事を書き並べてみる。






1.なぜ自身の事をASD者と記するのか。
  片岡聡さんはDISCOでもADOSでも「自閉症」と診断された。
  「自閉症」とは世界自閉症啓発デーでも自閉症とされる様に広く認知された言葉だ。
  片岡聡さんは日本「自閉症」協会役員でもある。
  その当事者である片岡聡さんがなぜ言葉狩りの様な表現を取るのか。



2.文章、単語に対する主語の揺れ
  これは、SAMが無い。つまり自我が無い事に尽きる、自閉症独特の表現。

  例えば、掃除機の音を極度に嫌う、これは片岡聡さんの記憶かそれとも母親の証言か。
  幼稚園で内鍵を掛けて立てこもる。これも証言か記憶か。
  記憶であれば、いまならどの様な順序でソコに至ったか分析できないか。
  感覚の敏感性についての記述も、「自分が感じた事」なのか「医師が観察診断した事」
  なのか、不明瞭。主語が決まれば、使う単語も相応しい物が見つかる、

  この「主語」と常に意識して文章を書く事は、テクニックの一つとして学習できる。
  社会で実生活を送ると、おのずとこの主語の大切さが身に染みて、独習する。
  しかし、今の療育は出来ない「ヒトの気持ちを考えよう」を要求するばかり。

  主語の揺れを持つ文章は、受け手が配慮すれば読めなくもないが、実社会では
  この手の文章を異様に嫌う人が居て、それが上司なら悲惨だ。

  かく言う私も気付いたのは近年だ。主語を明確にする事や、
  物事の基準がすべて左から、と言う様な事はテクニックとして知能の高い自閉症の
  子供に是非教えて欲しい。



3.自閉症を取り巻く不適切な言葉遣いの指摘
  これは、残念ながら日本の現状は言われる通り。
  特に、ネット上では誤解させる為のフェイクニュースが溢れ、フェイクを流す専門部隊も
  存在している。

  さらに、専門書もやはり出版社側の思惑などもからみ、例えばバロン・コーエンの
  「心の理論」も、原書では「Understanding other minds」(他者の心の理解)と
  命名しましたとの記述があっても、日本版の名称は「心の理論」になってしまう。

  同様の例は多く、例えば「こだわり」が原書では「FIX」
  フェイクニュースはこの辺の誤解を上手く利用しガセネタを流すのだ。



4.なぜ手垢のついた「概念化された単語」を使いたがるのか。
  学校生活に於いて、良い成績或いは宿題をなんとかやり過ごすには、
  誰もが好んで使う「概念化された単語」をあちこちに散らばすに限る。
  ★感覚過敏  ★感覚鈍麻  ★発達期の困難 等

  私もそうして来た。その流れに従うことがより良い成績に繋がった。
  それは、自分自身の妥協の産物。
  妻は、全くそれが出来ず、成績は悪かったが、今になると遅筆ながらも、
  自分で理解できた自分の血肉となった言葉で文章を表現できる。
  私もそれを見習うようになり、いかに自分が概念を理解できていないのに、
  知ったかぶりで上っ面のそれらしき文章を書いていた事に60過ぎてようやく知った。



5.なぜ意味もなく小難しい表現を使いたがるか。
  これは、大学生活に突入するとこの手の文章があふれ返る。
  この手の論文を書くのは、実は中身が薄いのを何とか表現方法で誤魔化し、
  やたらと専門用語を使い粉飾する事で、相手に自分を大きく見せようとする「隠された意図」
  がソコにはあるのだが、片岡聡さんの表現を見ると、エコラリアで難解な文章を採用しながら
  「隠された意図」つまり「見栄を張る」と言う様な所は見られない。

  つまり、難解そうに書く事が「エコラリア」で習い性になってしまっているが、
  ソコにある筈の「隠された意図」までは全く気付かずに、形式だけを真似ている、
  そう感じさせる文章だ。

  これが、さらに実業の世界であったり、ハッペやフリスやウイングの様にさらに学問を
  追及する人間の論文は、専門用語が増えはするが、年を重ねるにつれ分かりやすくなる傾向
  になるんだ。
  ゴマかそうとしないからだね。






片岡聡さんが、当事者活動を通じて自分自身が「概念」を理解していない事を知る時が来れば、
おのずと平易で簡素で分かりやすい文章を書いてくれる様になるだろう。


それを大いに期待したい。


おわり
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