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片岡聡さんの聞くのまとめ [聞く]

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片岡聡さんのスライド29、30を見ると
自分ではどうしようも無い生体的悩みを持っている事が良く分かる



その片岡聡さんが持つ悩みを、この講演の内容に絡めて、
その原因を安易に自閉症に求めて結論付けているが
厳密に検証すると、前に述べた様に自閉症を原因とするモノでは無い



ただ、片岡聡さんが持つ先天的な悩みが相当大きいのは良く分かる。



私も妻も知能が高い自閉症であるし、自閉症を起因としない
脳機能の障害と思われるモノが多くある



以前、専門医に「自閉症の小奇形」について聞いたところ、
「小奇形は多いのよ」と一言で済まされてしまったが、
見て分かる小奇形だけでは無く、脳内の小奇形及び
脳の機能障害は、ほとんどの自閉症が持っているのでは無いか



自閉症に生まれ、東大に行く知能を持ちながら、
自閉症以外の「感覚の敏感性」に悩まされ続けた片岡聡さん



後に解説するが、
最近「アスペルガー症候群」とカミングアウトした
あるオリンピアンの事を考えると、



尚更、「自閉症が自閉症であるとする三つ組の障害」
自閉症が悩まされている、その他の付属した障害との



明確な区分、区分け、明確化の必要性について思いを馳せるのだ


つづく・・・


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片岡聡さんの見ると聞くのまとめ [聞く]

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これからの記述は片岡聡さんへの批判では無い。
私が妻を観察して漸く自分の事が分かる様に、やはりホンモノの自閉症である片岡聡さんの
この一連のスライドを見て、自分自身の特性として見えて来た事を書き並べてみる。






1.なぜ自身の事をASD者と記するのか。
  片岡聡さんはDISCOでもADOSでも「自閉症」と診断された。
  「自閉症」とは世界自閉症啓発デーでも自閉症とされる様に広く認知された言葉だ。
  片岡聡さんは日本「自閉症」協会役員でもある。
  その当事者である片岡聡さんがなぜ言葉狩りの様な表現を取るのか。



2.文章、単語に対する主語の揺れ
  これは、SAMが無い。つまり自我が無い事に尽きる、自閉症独特の表現。

  例えば、掃除機の音を極度に嫌う、これは片岡聡さんの記憶かそれとも母親の証言か。
  幼稚園で内鍵を掛けて立てこもる。これも証言か記憶か。
  記憶であれば、いまならどの様な順序でソコに至ったか分析できないか。
  感覚の敏感性についての記述も、「自分が感じた事」なのか「医師が観察診断した事」
  なのか、不明瞭。主語が決まれば、使う単語も相応しい物が見つかる、

  この「主語」と常に意識して文章を書く事は、テクニックの一つとして学習できる。
  社会で実生活を送ると、おのずとこの主語の大切さが身に染みて、独習する。
  しかし、今の療育は出来ない「ヒトの気持ちを考えよう」を要求するばかり。

  主語の揺れを持つ文章は、受け手が配慮すれば読めなくもないが、実社会では
  この手の文章を異様に嫌う人が居て、それが上司なら悲惨だ。

  かく言う私も気付いたのは近年だ。主語を明確にする事や、
  物事の基準がすべて左から、と言う様な事はテクニックとして知能の高い自閉症の
  子供に是非教えて欲しい。



3.自閉症を取り巻く不適切な言葉遣いの指摘
  これは、残念ながら日本の現状は言われる通り。
  特に、ネット上では誤解させる為のフェイクニュースが溢れ、フェイクを流す専門部隊も
  存在している。

  さらに、専門書もやはり出版社側の思惑などもからみ、例えばバロン・コーエンの
  「心の理論」も、原書では「Understanding other minds」(他者の心の理解)と
  命名しましたとの記述があっても、日本版の名称は「心の理論」になってしまう。

  同様の例は多く、例えば「こだわり」が原書では「FIX」
  フェイクニュースはこの辺の誤解を上手く利用しガセネタを流すのだ。



4.なぜ手垢のついた「概念化された単語」を使いたがるのか。
  学校生活に於いて、良い成績或いは宿題をなんとかやり過ごすには、
  誰もが好んで使う「概念化された単語」をあちこちに散らばすに限る。
  ★感覚過敏  ★感覚鈍麻  ★発達期の困難 等

  私もそうして来た。その流れに従うことがより良い成績に繋がった。
  それは、自分自身の妥協の産物。
  妻は、全くそれが出来ず、成績は悪かったが、今になると遅筆ながらも、
  自分で理解できた自分の血肉となった言葉で文章を表現できる。
  私もそれを見習うようになり、いかに自分が概念を理解できていないのに、
  知ったかぶりで上っ面のそれらしき文章を書いていた事に60過ぎてようやく知った。



5.なぜ意味もなく小難しい表現を使いたがるか。
  これは、大学生活に突入するとこの手の文章があふれ返る。
  この手の論文を書くのは、実は中身が薄いのを何とか表現方法で誤魔化し、
  やたらと専門用語を使い粉飾する事で、相手に自分を大きく見せようとする「隠された意図」
  がソコにはあるのだが、片岡聡さんの表現を見ると、エコラリアで難解な文章を採用しながら
  「隠された意図」つまり「見栄を張る」と言う様な所は見られない。

  つまり、難解そうに書く事が「エコラリア」で習い性になってしまっているが、
  ソコにある筈の「隠された意図」までは全く気付かずに、形式だけを真似ている、
  そう感じさせる文章だ。

  これが、さらに実業の世界であったり、ハッペやフリスやウイングの様にさらに学問を
  追及する人間の論文は、専門用語が増えはするが、年を重ねるにつれ分かりやすくなる傾向
  になるんだ。
  ゴマかそうとしないからだね。






片岡聡さんが、当事者活動を通じて自分自身が「概念」を理解していない事を知る時が来れば、
おのずと平易で簡素で分かりやすい文章を書いてくれる様になるだろう。


それを大いに期待したい。


おわり
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英国と日本の違い [私の話(生育歴)]

自閉症について昭和43年1968年当時から全く状況が変わらない日本と比べ、英語圏、
特に英国では地道な研究が徐々に進み、1989年フリス達の論文で結実しました。
出典が見つからないのですが、
その後フリスは英国医学界から表彰され、勲章ももらったと聞きました。




フリスもその著書で何度も謝辞を述べているのが、ローナ・ウイングです。
何故なら自閉症の娘を持ったウイングは、娘の成長を見ながら、その理論的裏付け、
子供の成長に対して何が有効かを実証していましたから、
フリスにとっても理論の検証の助けとなった事でしょう。

奇しくもその娘さんは、私の前年、妻と同じ1956年生まれ。私か妻どちらかと同学年です。




前回はウイングの記述「正常との境」を引用しました。
その中にある部分をもう一度引用します。


下記引用----------
     自分が自閉性障害をもつことに気づいており、
     そして相互に連絡を取りあっている非常に能力の高い人のグループは、
     いろいろな刊行物のなかで、
     自分たちの考え方やその世界の経験のしかたは、
     自分たちにとって正当なものであること、そしてたとえ治療が可能だとしても、
     自分たちはそれを望んでいないことを強く主張しています。
     しかし自閉性障害だと気づいている人がすべて、
     必ずしもこのように感じているわけではなく、
     たとえ表面的にうまく対処していても助けを求めています。
     ひとりひとりの感じ方や願望は、尊重すべきです。
上記引用-----------



英国では1960年以前から自閉症の研究が進み、疫学調査も進んでいました。
ですから、研究対象となった子供達は大人に近づき、相互に連絡を取りあうような
グループが出来上がったのでしょう。

その様なグループの中で、自分たちのアイデンティティーを確認しあえたとは羨ましい限りです。
そんな中から、ドナウイリアムズであり、テンプルグランディンが著作という形で
表現手段を得たことを此所では取り上げています。

彼女たち以外にも、エリーの日常が母親によって書き表されました。
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この写真は、初版の古い表紙のエリーとその後再版された「エリーの記録」です。
私は微妙に視線をズラしている古い写真の方が自閉症児らしくて好きです。




話が少しズレましたが、
引用の中に英国では知能の高い自閉症だが診断を受けていない当事者グループが存在して、
相互に連絡を取りあっていた様です。
それもこれも、長い研究の結果があってこその当事者会です。




日本では、ようやく1998年11月にウイングの「自閉症スペクトル」が出版されましたが、
突然1999年には愛知県を中心に、「自称知能の高い自閉症当事者の会」が出来上がっていました。
今も愛知、埼玉等にある様です。




英国の様に数少ない「話せる自閉症」が語り合う場であったなら、私もどれ程幸せだったでしょう。
しかし、日本の当事者の会は「ニセ自閉症ニキリンコ」を中心とした当事者会で、
私のメンタリティと真逆の世界
「つらく哀しい」が分からなければいけない、
概念が理解できなければ認められない場所でした。
その歴史は脈々と続き、今でも自称自閉症の当事者は「つらく哀しい」を理解し、
生きづらい」人生を送る人達の集いの場。私たち夫婦の居場所はありません。
1968年当時と2018年の今と、自閉症を取り巻く環境はさほど変わっていないのです。




結果から言えば、そこで「ニセモノ」のレッテルを貼られ、徹底的に打ちのめされたからこそ、
わざわざ児童精神科へ行き、アスペルガー症候群の診断を受け、さらに抗うつ剤を処方されました。




今思えば、ウイングが言うとおり、何の問題も抱えていないと考えていた私は
「助けを求めていた」のであって、内山先生に助けてもらいました。

あの時、内山登紀夫先生、吉田友子先生に会っていなければ、今頃はとっくに死んでいました。




私は辻井正次名誉毀損で訴えられ、スラップ訴訟も仕掛けられました。
同じ自閉症に関する仕事をする内山先生、吉田先生、よこはま発達クリニックにも
少なからず、相当迷惑が掛かったと思います。

許されることではありませんが、今ここで改めてお詫び申し上げます。
迷惑掛けてゴメンね。




でも、私はアスペルガー症候群の当事者。妻もアスペルガー症候群の当事者。揃って当事者。
これぐらいとっちらかっているのは分かってたでしょ?
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