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過剰な立体視 [見る]

RIMG07.JPG

★「人は本当は立体視してないんだよ」





私が「超立体視」と表現している過剰とも思える立体視。
平面画像であるテレビを立体画像的に錯覚して見ていたり、
いとも簡単に3面図から立体を想像したり。





私がそれを一番感じるエピソードが「パチンコ玉」です。





私がパチンコ屋に日参していた頃は、玉50発で缶コーヒーと交換出来ました。
だから、みんな両手にパチンコの玉を乗せてカウンターへ交換に行くのですが
両手の手の平に乗るパチンコの玉は丁度48発ぐらい。
50発にするには、少し無理をして乗せなければ、50発になりません。





実はその加減がもの凄く難しいのです。





何とか手の平にパチンコの玉を乗せて、友達が近づいて来ます。
「山岸、これ何発?」
◎「んーーあと1発」「サンキュー」

「山岸、これ何発?」◎「ちょうどピッタリだ」





何故か、私は手の平の上に乗っているパチンコの玉の数を
百発百中で当てられます。
どんな大きな手の人でも、小さな人でも構いません。





今思えば、手の平のすぼめ具合も考慮しながら、
そのパチンコの玉の体積も概算していたと思うのです。




その異常とも思える、過剰すぎる立体視。




しかし、その立体視は抗うつ剤サインバルタによって与えられる
幸せと引換えに、世の中の立体感は、そこそこの立体感に
なってきました。


つづく・・・



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